“遅咲きの印象派” 中編 ゴーギャン 作『ナヴェ・ナヴェ・モエ』を鑑賞する
目次
作品概要
- 作品名 ナヴェ・ナヴェ・モエ
- 画家 ポール・ゴーギャン(1848年~1903年)
- 制作時期 1894年
ゴーギャンについて
概要
ポール・ゴーギャンは19世紀に活躍した、フランスのポスト印象派画家です。
証券会社員だったゴーギャンが絵画制作に出会ったのは、彼が25歳の時でした。
ゴーギャンはカミーユ・ピサロと出会い、印象派画家として生計を立てんとしますがその道のりは苦難に満ちます。
また、同じくポスト印象派画家であったゴッホと共同で生活していた時期もあります。
生涯
旅の中で
39歳の時に、ゴーギャンはカリブ海のマルティニーク島に滞在します。
というより、先だって旅行していたパナマで破産し、フランスに強制帰国させる船から逃れるようにこの島に降りたそうです。
この頃のフランスは、中米やポリネシアに多くの植民地を持ち始めていましたので、フランス国民は幾分気軽に海外旅行ができました。
ゴーギャンもまた、マルティニーク島を始めとした多くの島々に旅行し、先住民/自然/移民たちと交流する中で感性を昂らせています。
ゴッホ兄弟との出会い
マルティニーク島で描いた作品をひときわ高く評価した人たちがいました。
画家 フィンセント・ファン・ゴッホとその弟である画商 テオドルスです。
テオドルスはゴーギャンの作品を高い値段で購入し、さらにそれらを富裕層に誇らしげに紹介しました。
少しづつではありますが、画家としてのゴーギャンが軌道に乗り始めていますね。
ただし、その代償として妻や子供たちとは疎遠になっています。
テオに紹介されたフィンセントもまたゴーギャンを気に入り、アルルのアトリエで2か月以上も共同生活をしています。
しかしながらフィンセントの錯乱や、テオの突然の死が重なり、その縁は途切れます。
もとより精神的に不安定だったフィンセントは、ゴーギャンに刃物を向けたり、自分にその刃を向けることもあったそうです。
最愛の兄を想うテオは、それに引きずられるように不幸を被りました。
タヒチへ
43歳の頃、作品の売り上げで貯蓄ができたゴーギャンは、ポリネシアのフランス領タヒチへ滞在しました。
その目的は『文明的な社会からの逃避』です。
彼は文明や古い因習の残る古都ではなく、自然と共存する生活に惹かれたのですね。
そのため、文明的な暮らしと決別する覚悟で渡航したようです。
(ただし、画材の他 東奔西走してかき集めた絵画や浮世絵は、この島に持ち込んでいます。)
奇しくも、十分な生活費を持ち合わせていませんでしたので、アトリエも竹を切り出して自分で作っています。
ゴーギャンはタヒチを中心としたポリネシアの風習や神話を研究し、その世界観をキャンバスに描く試みに挑戦します。
この時描いた作品は本国であまり評価されませんでしたが、ゴーギャンの傑作たちはこれ以降に出現しています。
帰国
約3年間滞在し、費用が尽きたゴーギャンは国の救済措置を利用してフランスに帰国しました。
前述のように、滞在中に描いた作品たちの評価は低いものでしたが、彼はこの結果に画家としての闘志を燃え滾らせます。
帰国後に描いた作品は上々の評価を得たようで、デュラン=リュエルの画廊で開かれた個展において、11点の高額を獲得しています。
ゴーギャンの制作意欲はなおも衰えず、タヒチでの滞在をもとにした紀行文や、彫刻、木版画なども制作しています。
ただし、デンマークにいる妻とはとうとう破局してしまいました。
鑑賞
あらためて作品を見てみましょう。
ポール・ゴーギャン作『ナヴェ・ナヴェ・モエ』です。
タヒチから帰国後に描かれた傑作の一つですね。
『ナヴェ・ナヴェ』とは、かぐわしきもの、理想郷、桃源郷を意味し、
『モエ』とは、夢を意味します。
ゴーギャンは常に借金や人間関係に追われ続けていました。
一方でタヒチの人々は、文明的な生活とは無縁であるかわりに仕事に追われず、最低限の衣食住の中で隣人たちとの人生を享受していました。
彼ははタヒチや、そこで暮らす人々の姿にこの世の理想郷を見たのでしょう。
前編で示した『ラヴァルの横顔のある静物』は、輪郭線の強調と印象的色彩が印象的な作品でした。
その頃から既に、空間的な表現との決別を目指していましたが、この作品ではそれがより顕著に表れていますね。
この作品には計算された遠近法は存在しておらず、代わりに逞しくも優しい輪郭線や穏やかな色彩選択が、島全体に漂うゆったりとした情景を創り上げています。
もはやこの作品は、それまでの絵画が担っていた写実的な空間の切り取りの役目は捨て去っており、画家が感じた感動と情景を伝えるためのデバイスと化していますね。
まさしく、形態と色彩が混ざり合った綜合主義の傑作と言えます。
この作品はロシアのエルミタージュ美術館に収蔵されています。
この記事へのコメントはありません。