“老人の持つ闇” ゴヤ 作『我が子を食らうサトゥルヌス』を鑑賞する
Table of Contents
作品概要
- 作品名 我が子を食らうサトゥルヌス
- 画家 フランシスコ・デ・ゴヤ(1746年~1828年)
- 制作時期 1821年ごろ
ゴヤについて
概要
フランシスコ・デ・ゴヤは18世紀~19世紀に活躍したスペインの画家です。
下積み生活は長かったものの、カルロス3世・4世つきの宮廷画家になってからは、ベラスケスと並ぶスペイン芸術界の至宝と言われました。
難病に罹り聴力を失うも秀作を多く描き、スペイン独立戦争の折には、祖国のために犠牲になった人々の惨状を、戦地で写生しています。
絶対王政下では、弾圧を避けてフランスへ亡命しました。
生涯
作品背景
サトゥルヌスとはローマ神話に登場する豊穣と時の神です。ローマ神話がギリシャ神話と統合されると、その存在はクロノスと同一視されました。
古来、農耕は穀物の育成や収穫を管理する意味で、暦や時間と密接にかかわっていました。
人類文明の黎明期において、多くの文明に暦が誕生したこともこれを物語っています。
これらを踏まえると、農耕神と時間神が合一されるのも当然の流れですね。
サトゥルヌスを祀る神殿はローマの七丘(現在のローマ市街地)にあり、2~3世紀ごろは毎年農神祭が開かれました。
この行事はローマ帝国の祭りの中でも特に盛大な祭りの一つであり、奴隷すらもこの期間だけは自由が許されていたそうです。
しかしながら神話上のサトゥルヌスのエピソードは狂気じみていた模様です。
彼には5人の子供がいましたが、ある時『サトゥルヌスは自分の子供によって殺される』という予言を聞きました。
予言者が誰であったのか、その予言にどれほどの信憑性があったのか定かではありませんが、その内容に恐怖したサトゥルヌスはあろうことか自分の子供たちを全て食い殺してしまいました。
鑑賞
あらためて作品を見てみましょう。
フランシスコ・デ・ゴヤ作『我が子を食らうサトゥルヌス』です。
題名通り、サトゥルヌスが自らの子供を食い殺す様子が描かれていますね。
ゴヤは晩年“聾者の家”と呼ばれる別荘を購入し、それを飾るための作品14枚を制作しました。
作品群はそれらに共通する色遣いから“黒い絵”と呼ばれましたが、この作品もまた黒い絵の一つです。
黒い絵たちは全般的に、死や恐怖を想起させるものが多く、自慰する男を女が嘲っている様子のような人間の弱い部分をひけらかすかのようなテーマを持っていました。
神話にはサトゥルヌスが子供たちを丸呑みにしたと記されていますが、この作品においては頭を食いちぎっていますね。
また後世で塗りつぶされましたが、もともとの作品においては性器が勃起していたそうです。
ゴヤはまるで神が人間の延長にいるかのように、狂気が神性すらも飲み込んでケダモノとする様を表しました。
ある意味、宗教や神学へのアンチテーゼとも取れる作品ですね。
既に70代の半ばにさしかかっていた巨匠が、何故このような陰鬱な作品を描いたのか。また、何故そのような作品を14枚も作ったのかは謎のままですが、
この時代、ゴヤは自由主義者からの弾圧を受け始めており、また彼の遺骨は盗難に遭ったそうです。
ゴヤを取り巻く当時の環境と、人間への憎悪や哀愁のような気持ちが、これらの作品群を描かせる起点になったのかもしれませんね。
この作品はマドリードのプラド美術館に収蔵されています。(外部リンクに接続します。)
「ゴヤは自由主義者からの弾圧を受け始めており」と書かれていますが、弾圧を受けているのは自由主義者じゃないですか?ゴヤは自由主義者と交流があったはずです。
ゴヤについて調べているところなので間違っていたらすいません。