“伝統と革新の狭間で” 前編 ルノワール作『桟敷席』を鑑賞する
目次
作品概要
- 作品名 桟敷席
- 画家 ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841年~1919年)
- 制作時期 1874年
ルノワールについて
概要
ピエール=オーギュスト・ルノワールは19~20世紀にフランスで活躍した画家です。
モネやピサロとともに印象派の確立に貢献した画家の一人ですが、世間からの非難を浴びたために自身の印象派画家としてのスタンスを疑問視することもありました。
彼の評価が確固たるものになるのは50歳を越えてからでした。
生涯
クリエイターとして育つ
ピエール=オーギュスト・ルノワールは1841年にフランス中部の町に生まれました。
3歳の時にパリへ引っ越しますが、貧しい家庭の出身だったルノワールは早くして陶磁器の絵師として自立します。
しかしそのころのフランスは産業革命の影響で伝統的な職人仕事が急速に減っており、ルノワールもまた失業してしまいました。
そんな中彼はブーシェを始めとしたロココ絵画に出会い、次第に絵画に興味を持つようになります。
そして20歳の年にグレールの画塾に入り、芸術を学ぶ傍らでのちに印象派の盟友となるモネやシスレー、ドガと出会います。
この画塾の講師でもあるシャルル・グレールはアカデミズムを尊重する保守的な人物だったので、モネ同様ルノワールもまた反骨心を抱くようになったそうです。
なお、22歳の年にはパリのエコール(王立美術学校)にも入学していますが、ここでも保守的な講師と対立しています。
展覧会デビュー
ルノワールの講師たちからの低い評価はあくまで“色使い”に関するものであり、彼のデッサンの能力は類稀なるものがあったそうです。
23歳の時に訪れたフォンテーヌブローではバルビゾン派の画家から色使いが暗すぎるといった指摘を受けていますね。
そんな才能と理想の齟齬が起こっていた彼の絵画は初出展したサロンにて落選しました。
ただし翌年からは3年連続で入選し、1870年までの7年間においてコンスタントに評価を集めていたようです。
他の印象派画家と異なり、ルノワールはアカデミックな題材なども使用していたためこのような評価を得たと考えられます。
そもそもルノワールは実験的な試みが好きで、他の画家の影響を受けやすい性質も持っていました。
また彼は人物やその影の描写に探求心を示し、情景全体の空気観にはあまりこだわりを持っていませんでしたので、大ヒットはまだしも確実な成果を出すことはできたのでしょう。
第1回 印象派展開催
普仏戦争後のパリでは第3共和政が発足し、サロンはより保守性を増したため、他の印象派画家同様にルノワールの作品もまた落選が続くようになりました。
一方で目新しいものを好む新興ブルジョワジーたちは印象派画家の作品にいち早く目をつけており、画商を通じてルノワールたちは食いつなぐことができていました。
そして33歳の時、パリに念願のアトリエを構えることに成功します。
ルノワールは同じくアトリエを構えたモネ達と協力し、サロンにとらわれない新たな展覧会を構想します。
それは報奨金がない代わりに審査を行わないものであり、モネやルノワールを始めとした“はぐれもの”達が自由に作品を披露できる場でした。
そのために彼らは作品の売り上げをカンパし合い、共同会社を設立しこの企画を現実化させます。
のちの美術界を大きく変えるターニングポイントである“第1回印象派展”の開幕です。
鑑賞
あらためて作品を見てみましょう。
ピエール=オーギュスト・ルノワール作『桟敷席(さじきせき)』です。
この作品はルノワールが第1回印象派展に出展した作品の一つですね。
第1回印象派展の評価は総じて惨憺たるものであり、ルノワールの作品もまた酷評を受けましたがこの作品だけは例外的に受け入れられたそうです。
その後ルノワールの評価が上がるにつれてこの作品の評価はさらに増し、最終的には11万ドル(現在の円に換算すると4億2千万円)で買い取られています。
作品では桟敷席から劇を観覧する男女が描かれています。
しかしながら女性は鑑賞用のオペラグラスを外しており、男性もまたあらぬ方向を向いていますね。
産業革命後のパリでは劇が大衆化しつつあり、桟敷席で観覧する人たちは観客でありながら注目の的でもありました。
女性はそれを知ってか華やかに着飾り、民衆を自分をアピールしています。
男性はほかの桟敷席の女性を観察しているのでしょうか。
風俗画でありながら、1種の社会風刺とも取れるこの作品は評論家の心を射抜きました。
なにより、人物描写におけるルノワールのこだわりがありありと伝わってきますね。
女性の肌はやわらかに彩られており、体から顔に向かって自然に明るさを加えることで、作品を見る者の視線を誘導しています。
女性の表情からは自信と優雅さが伝わり、また男性を影で覆うことにより女性をさらに際立たせていますね。
この女性は以降もたびたびルノワールの作品のモデルとして登場します。
この作品はイギリスのコートールド・ギャラリーに収蔵されています。
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