“英国への誇り” ターナー 作『トラファルガーの戦い』を鑑賞する
England expects that every man will do his duty
-英国は各員がその義務を尽くすことを期待する-
ーホレーショ・ネルソン
目次
作品概要
- 作品名 トラファルガーの戦い
- 画家 ウィリアム・ターナー(1775年 ~ 1851年)
- 制作時期 1822年ごろ
ターナーについて
概要
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーは18~19世紀に活躍したイングランドの画家です。
イギリスは長らく西洋美術界の表舞台に立てませんでしたが、彼の時代ごろから徐々に知名度を増していきます。
ターナーはイングランドのロマン主義画家として、批判を浴びることがありながらも自身の芸術を追求し続けました。
生涯
作品背景
トラファルガーの戦いは、19世紀初頭にスペインのトラファルガー岬の沖合で起きた、イギリス対フランスの海戦です。
当時、ヨーロッパの覇権は
海上:イギリス
陸上:フランス
といった様相で、2ヶ国により分断されていました。フランスのトップはかの皇帝ナポレオンです。
ナポレオンは自身の覇道を盤石なものにするために、是が非でも海上を制覇し、イギリスを手中に収めたいと考えていました。
フランスは、スペインを始めとするヨーロッパ諸国を手中に収め、さらに主要な港に艦隊を待機させることができていたため、連合国艦隊の総攻撃による英国本土侵攻を画策します。
そして開戦
フランス軍は4つに分けた艦隊のうちの1つをアイルランド沖に向かわせ、イギリス軍を誘導している間に本土へと進行するという作戦を練ります。
このフランスの動向をイギリス軍は見破ることができておらず、フランス軍は順調に作戦を完了できるかと思われました。
しかし、フランス軍に不運が重なります。
当時のフランス軍の戦艦は天候の変化に柔軟に対応することができず、アイルランド沖の誘導は他艦隊の進軍に合わせることができませんでした。
この作戦の遂行にはかなり高い精度の連携が必要とされていましたが、フランス軍の戦艦はその要求スペックを満たすことができなかったのです。
一方、海上国家として繁栄を続けていたイギリスは、柔軟な操作性を持つ高性能な船を有していましたので、フランス軍の主要な港を海上封鎖し、連携の妨害に成功します。
フランス軍は作戦を一部変更し、陽動に当たっていたアイルランド沖の艦隊を主戦力としてイギリスへ向かわせることにします。
さらに別の艦隊もイングランドへ向かわせることで、挟み撃ちにしようとしたのですね。
しかしこの作戦を前にして、アイルランド沖の艦隊の指揮官が病死し、また悪天候で3つの戦艦が航行不能になりました。
フランス軍はまたしても作戦を変更することとなり、残った艦隊の全てをイギリス海峡に向かわせましたが、これもイギリス海軍の攻撃により失敗に終わります。
結果としてナポレオンはイギリスへの侵攻を取りやめ、かわりにオーストリア(イギリスとの同盟国)へ攻撃の矛先を変えることとなったのです。
結果としてこの戦いは、ナポレオンの覇道を挫く歴史的な出来事となったのですね。
冒頭に記した言葉は、イギリス海軍提督だったネルソンが自国の艦隊に対して発した信号です。
フランス海軍がイギリスの同盟国であるオーストリアへ進撃することを察知したネルソンは、すぐさまその阻止に向かいました。
当時、数の上でフランス軍は圧倒的な軍事力を持っていましたが、指揮系統の複雑さゆえに柔軟な対応をすることができず、また砲撃速度も遅かったようです。
ここでネルソン率いるイギリス海軍は、敵の隊列を真横から分断するという大胆な作戦に出ました。
フランス連合艦隊は戦艦で長大な列を作りながら航行していましたが、急襲と分断により指揮系統が混乱します。
なんとか立て直し、イギリス艦隊と砲撃戦を始めますが、圧倒的な指揮精度と砲撃速度の差に敗れました。
この突撃を前に、ネルソン提督は冒頭の信号を送ったのですね。
「英国は各員がその義務を尽くすことを期待する」
上等兵から下級士官まで、部下全員への絶大な信頼のもと発せられた、非常にシンプルかつ有効な命令です。
残念ながらネルソン提督は、この戦役の中で被弾し絶命しますが、今わの際で
「神に感謝する。私は義務を果たした」
と残したそうです。
鑑賞
あらためて作品を見てみましょう。
ウィリアム・ターナー 作『トラファルガーの戦い』です。
この作品は当時のイギリス国王の依頼で作られた作品ですが、トラファルガーの戦いにおけるいくつかの場面を集合させて作られたと言われています。
中央にはイギリスとフランスの戦艦が入り乱れて戦う様子が描かれていますね。
光を浴びているイギリスの軍艦には、イングランドやアイルランドを始めとした、グレートブリテン連合国の国旗がはためいています。
前方に描かれているものは、嵐によって沈没した船から脱出したフランス人たちでしょうか。
また後方では、うっすらとフランスの軍艦が炎上している様子が描かれています。
一見すると、絵全体が明るい印象を帯びているように見えますが、手前に目を凝らしますと呻くような人々の怨嗟が聞こえてくるというおぞましい作品
抜けるような青空がなんとも無情ですね。
この作品はイギリスのロンドン国立海事博物館に所蔵されています。(外部リンクに接続します。)
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