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“それは一つの到達点” 尾形 光琳 作 『紅白梅図屏風』を鑑賞する

日本画

作品概要

  • 作品名 紅白梅図屏風
  • 画家 尾形 光琳(1658年~1716年)
  • 制作時期 18世紀ごろ

光琳について

概要

尾形 光琳(おがた こうりん)は江戸時代中期の画家です。

桃山時代から続く琳派を発展させ、またそれを元禄文化の中心に据えさせました。

その才能は絵画から、工芸品、果ては日用品まで多岐に及び、歴史の教科書に載るほどの影響を日本文化史に与えます。

生涯

制作背景

尾形光琳は、それまでの日本画の概念枠を越える新しい表現を模索していました。

折しも彼が生きた時代は江戸の中期です。同時代の初期に、俵屋宗達が大成させた琳派は日本画界に絶大な影響をもたらしたものの、このころになると安定とともにマンネリ感が訪れ始めていたのではないでしょうか。

光琳は破天荒な性格でしたが、同時に芸術家としてのプライドを重んじるタイプだったので、保守的な日本画界に一石を投じたかったのでしょう。

鑑賞

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あらためて作品を見てみましょう。

尾形 光琳 作『紅白梅図屏風』です。

 

川を挟んだ一対の梅の木が画かれていますね。

一説によればこれらは親密な関係にある二人を、さらに言えば光琳とその愛人を表しているともいわれています。

 

紅白梅図と題しながら、それらは見切れるほどの両端に配置され、画面の大部分は川が埋め尽くしています。

従来の日本画の常識を逸脱した、大胆不敵な構図と言えるでしょう。

俵屋宗達の『風神雷神図屏風』は、その構図と技術によって当時の日本画界を驚嘆させましたが、光琳はその作品の構図をさらに1段階上へと昇華させました。

 

黄金の世界に画かれた漆黒の川と雌雄の梅

彼が夢見た理想世界がここにはあります。

 

この作品は静岡県のMOA美術館に所蔵されています。(外部リンクに接続します。)

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